歯科ブログ
口腔癌の早期発見、早期治療の重要性(3)
2008年07月22日
もう一例について、お話しします。
患者さんは、65歳の男性でした。
某歯科診療所に受診する約3週間前から左上第一大臼歯の痛みと動揺があり、歯の神経(歯髄)を抜いて、根管治療(歯の神経の治療)を約3週間位しましたが、痛みが取れず、歯もますます動くようになったため、 抜歯されました。
その後、痛みは軽くなりましたが、持続性の鈍痛になり、抜いたところの治りが悪く、軽度の出血が継続していました。
また鼻詰まり、鼻水などの鼻症状も現れたため、上顎洞炎*の疑いで、精査のため、大学病院の口腔外科外来を紹介されました。
症状が出現してから、口腔外科を受診するまではおよそ2ヶ月経ちました。
抜いたところの肉眼所見では、抜いたところの穴に出血しやすい白い肉が充満していて、周囲の歯肉も腫れていました。
通常のX線所見でも、上顎洞*の曇りが重度で、左側上顎第一大臼歯相当部の歯槽骨の著明な骨の吸収も見られたため、CT撮影を追加検査したところ、上顎洞*の前壁、側壁、後壁とも著明な骨破壊像が認められました。
上顎洞粘膜*原発の悪性腫瘍の疑いで、入院のもとで、局部麻酔下、上顎洞の前壁を開けて、顕微鏡検査を行いました。
結果は、扁平細胞癌でした 。
医学部付属病院耳鼻科に治療方針について話し合ったところ、この患者さんについては上顎洞を含めた広範囲にわたる悪性病変で、外科的に広範囲の徹底的な切除は非常に困難、また、切除できても、顔面の広範囲の欠損を作り、後の再建も非常に困難だと判断しましたため、癌の減量療法**を第一優先にしました。
まず、左浅側頭動脈(耳の5mm前方に走っている上顎洞の栄養血管***の一つ)に管を挿入、固定後、抗癌剤の持続動脈注射しながら、上顎洞前壁より、腫瘍(できもの)の部分摘除、および放射線照射治療を行いました。
以上の治療を3週間行ったところ、肉眼的な所見では、腫瘍の縮小がみられました。
しかし、最初から心配していた顎下部リンパ節の顕微鏡検査では腫瘍のリンパ節転移が認められ、CT撮影の所見では、上顎洞内の腫瘍がかなり縮小しているものの、上顎洞の上壁に骨の破壊がみられ、上顎洞の上方にあるもう一つの副鼻腔である篩骨洞にも腫瘍の浸潤が疑えました。
このため腫瘍の眼底、頭蓋底への浸潤を抑制する治療、および篩骨洞の開放、その周囲の腫瘍の切除も必要となったため、耳鼻科に転科することになりました。
この症例の臨床経過、治療内容を下記のようにもとめます。
(1)左側上顎第一大臼歯の痛みで、開業歯科医を初めて受診した時の前から、上顎洞内にすてに癌が存在していたと十分考えられます。上顎洞は薄い繊毛上皮に裏層され、空気に充満されている顔面骨内の大きな空洞であるため、、洞内に発生しているできまのの初期の段階では、口腔の他の領域,例えば、舌、歯肉、口腔底のできものと違って、神経、血管を圧迫しないので、ほとんど症状がありません。
(2)患者さんが歯を抜かれた後、腫れも痛みもとれていなかったため、開業医の先生は顎全体のX 写真を撮り、上顎洞の全体の曇りが著明で、歯性上顎洞炎ではないかとご診断なさいました。しかし、口腔外科にて、顎全体のX 線撮影の他、頭部の後ー前方向の撮影、側貌方向の撮影、Water-view方向の撮影、さらに、CT撮影を追加検査したところ、上顎洞内の悪性できものと疑いました。その後、手術室にて、上顎洞前壁の開洞手術をしたと同時に、迅速冷凍病理検査も行い、初めて上顎洞に発生している扁平細胞癌と診断できました。
(3)症状が出現してた時、既に癌が存在、増殖していたし、通常の顎全体のX 線写真(パノラマ撮影)でも上顎炎の所見と似て、診断は容易ではなかった症例でした。残念なことで、推測では、初発病してから、確定診断ができたまで、すくなくとも、2 ヶ月以上過ぎました。
(4)腫瘍のできた場所、侵襲状態を考慮し、動脈より持続的な抗癌剤の注射療法、上顎洞の前壁から腫瘍を少しずつ切除する減量療法、、放射線療法を併用し、治療を行っていましたが、癌細胞のリンパ節転移、深部(篩骨洞、眼窩底)への侵襲を完全に抑制できませんでした。
以上のお話しのように、発見は容易ではなかった症例でしたが、もう少し早く大学病院に紹介していただいて、もう少し早くCT撮影検査をすれば、上顎洞底を含め、上顎骨の部分切除だけで、治癒はできると思わせた一例でした。
*上顎洞:
副鼻腔のひとつ、空気が充満している大きな顔面骨の骨の空洞で、顎奥歯の上方、鼻の側方、目の下方に位置している。
口腔癌の早期発見、早期治療の重要性(2)
2008年07月14日
早く発見できたら、大きな手術をしなくても治ると思わせられた口腔癌の一例をお話しします。
患者さんは61歳の男性で、右下の第一大臼歯の動揺と痛みで、某歯科診療所に診察を受けました。
歯槽膿漏と診断されて、約3週間ほど歯石除去、歯槽膿漏の治療を受けましたが、症状の改善がなかったため、同歯の保存は困難だと判定され、抜去されました。
しかし、その後、痛みがひかず、抜いたところも治りませんでした。
抜いた後の血液の固まりがよくないため、歯槽骨が露出して、これに伴う激痛と診断されて、約1週間、抜いたところの治療が継続されましたが、痛みがますます酷くなり、抜いたところもほとんど治っていなかったため、長崎大学歯学部口腔外科を紹介され、初診から、約一ヶ月後経過後、初めて口腔外科外来にいらっしゃいました。
口腔外科の外来にて、単純なX線撮影所見および抜いたところの局所所見では抜歯後の感染による下顎第一大臼歯相当部の骨髄炎の疑いと診断をしました。
局所の掻爬(患部の悪いところを除去、きれいに刷る事)、洗浄、および抗生剤の投与をしましたが、患者さんの痛みは依然治まりませんでした。
その時、初めて、骨髄炎ではなく、他の疾患も否定できないと判定、抜いたところの一部の歯肉と歯槽骨を切除、病理組織検査(顕微鏡検査)をしました。
3日後、顕微鏡検査の結果が分かり、顎骨内の扁平細胞癌でした。初診から、確定診断ができるまで、40日も過ぎました。その後、早速、顎骨のCT撮影、断層撮影、骨のシンチグランム検査(正常な細胞より、がん細胞がGA99などのアイソトープを吸収しやすい特性を利用し、癌の場所を調べる検査)を行い、ようやく下顎骨原発の扁平細胞癌(下顎骨中心癌)と診断できました。
その後、術前の抗癌剤の投与、術前の放射線治療を所定の量を照射し、病変が限局している3週間後、全身麻酔下、下顎左側半分切除、左側口底の部分切除を行いました。なお、術中の迅速冷凍病理の所見では,左側顎下部のリンパ節転移が認められたため、 左側頚部リンパ節郭清(頚のリンパ節、周囲の筋肉、血管、などの組織を含めて摘出すること、 )も行いました。癌の再発の可能性を否定し難いため、同時に顎骨の再建術をおこないませんでした。
本症例は下顎左側第一大臼歯を抜去され、治りが異常に遅いため、大学病院の口腔外科を紹介されて、40日以上経過してから、初めて確定診断できた症例でした。通常、下顎骨の中心癌(下顎骨原発の癌)の早期発見は、かなり困難だと報告されているものの、もっと早く発見できたら、がん細胞はリンパ節の転移が起こらなく、左側下顎骨の一部を切除のみで、頚部リンパ節郭清術などの体に侵襲が大きな大手術までしなくでも完治できるではないかと痛感させた一例でした。
口腔癌の早期発見、早期治療の重要性(1)
2008年07月05日
口腔癌の早期発見、早期治療の重要性について、前回お話ししました。
前回の記事を書いていたところ、勤務医時代(日大歯学部口腔外科大学院卒業後、長崎大学歯学部付属病院口腔外科に勤務していました)担当していた患者さんのことを思い出しました。
長崎県は、大学付属病院や総合病院が、東京に比べてあまり多くありません。
このため、県内唯一の大学病院である国立長崎大学医学部付属病院は県内の多くの重症の患者さんを治療しています。
同大学の歯学部およびその付属病院は、昭和56年に設立されましたが、口腔外科だけは、医学部付属病院時代からあったため歴史があります。
医学部時代からの主任教授は医師でもあり、歯科医師でもあり(医師と歯科医師の二つの免許を持っていました)、また、助教授は癌センターに長く在籍した経歴があり、がんの治療が専門でした。
このため、通常の歯学部大学病院の口腔外科より、口腔がんの患者さんが多くいらっしゃいました。
多くの口腔がんの患者さんの中で、私が担当した、今でも印象深く残っている症例が3、4例あります。
早期発見、早期治療の重要性を痛感した症例でもありましたので、次回からお話ししたいと思います。
早期発見、早期治療をすればするほど予後が良い
2008年07月01日
前回のお話しをもう少し詳しく説明します。
人間のお口の中やその周りの組織には沢山のリンパ組織(リンパ管やリンパ節)が存在しています。
これらのリンパ組織が、お口の中や鼻の粘膜から細菌やウイルスが侵入することを防ぎ、感染しないように体を守っています。
一方、お口の中やその周りの器官が悪性腫瘍にかかっている場合、体の免疫力が低下して、悪性腫瘍細胞がこのリンパ組織が沢山存在している領域に転移しやすく、特に、扁平細胞癌の場合、早い段階からリンパ転移がみられます。
口腔癌の早期発見、早期治療の一つの目標は、リンパ転移を起こさないためです。
リンパ転移になると、原病巣(一番最初に悪性腫瘍にかかった所)の切除はもちろん、転移がみられる所やその疑いが強い部分まで、切除しなければなりません。
たとえば、下顎歯肉癌(下の歯の歯茎の癌)で、口腔底、顎下リンパ節(下アゴの内側のリンパ節)の転移が起こった場合、下顎骨、口腔底の部分切除のほかに、リンパ転移がある上頚部(アゴの下から首の斜め前の部分)の組織も切除する必要があります(下顎骨離断術、上頚部リンパ節郭清術)。
また、このような大量切除により、顔貌の変形、機能障害が起きるため、再建手術もしなければなりません。
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